96.たそがれ

 黒い鳥の影が、狭い空を行ったりきたりする。
視界に映る景色は、なにもかもに青いフィルターがかかっていた。
白い壁も、白い雲も、果ては新芽をつけた桜の木も。
色濃く落ちた影は、低くなった気温を更に冷たく錯覚させる。
からすがなくからかえろ、
背の低い女の子が二人、調子の外れた音程で歌いながら歩いてくる。
かたく繋がれた手と手。
ずいぶんと日は高くなったものの、決して明るいとはいえない時刻にこどもは家路を行く。
伝わりあうてのひらの温度で暖めあって、飛び跳ねる二人の頬は赤く上気している。
脚をそろえてスキップをしながら、二人は目の前を通りすぎていった。
だんだんと小さくなっていくその後ろ姿を見送りながら、一度ぶるりと身震いをした。
青みが増したせかいに、ひゅうと風が吹く。
足下に柔らかい感触がして、のんきな黒猫が排水溝へと器用に飛び移っていった。
からすがなくからかえろ、
空にカラスなんてもういなくて、目の前を通るひとも途絶えた。
薄く空に浮かび上がっていた月が、だんだんとその姿を鮮明にして、空の濃紺にぽっかりと穴をあける。
かろうじて見渡せる周囲。色の消えてきたせかいは静まりかえっていく。
ぱつん、ぱつんと街灯が順番に点灯し、明かりの円が描かれた。
コンクリートのいろがよみがえる。そういえば、先ほどの猫は黄色の目をしていた。
闇の中でも爛々とひかっていた黄色。
橙の自分をかえりみる、完全に闇に落ち込んだ自分は、月をうつすことしかできない。
ただまっすぐに突っ立ったまま、目の前を通り過ぎていくすべてをみつめている。
きんきんに冷えてしまった身体がきしむ。
手のひらをすりあわせることさえかなわなかった。

2013/03/13
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97.森

大きな雨粒が葉の上を伝って、地に落ちる。
しきりに鳴っていたホワイトノイズが止み、ぽたり、ぽたりと水滴のオルゴールが演奏を始めた。
遠くの山には虹が見える。気分とは対照的に嫌みなほど爽やかな雨上がりだった。
落ち葉を踏みしめて、濡れた髪の毛を後ろへ撫でつける。
元きた道は途絶えてしまって、延々と四方を囲む木々にため息が漏れた。
 発端は数時間前にさかのぼる。
旅の仲間とジャンケンに負けて買い出しに出かけ、安価だと評判の道具屋で杖を一本、分厚い魔道書を四冊購入した。
その帰り道、ふと路地裏で柄の悪い男が小さな子供を追いかけているのを見つけたのだ。
いわゆる、奴隷商人というやつだろう。身よりのない子供はうっぱらって奴隷にする。
そしてその子供は、尊厳も命の自由さえもを失うのだ。
正義感に任せて飛び出し、そいつを伸してしまったらあれよあれよと仲間が飛び出して――あとは言わずもがな。
子供が路地裏に消え去ったのを確認し、あたりを見回す。
筋骨隆々といった男たちがずらりと周りを囲んでいた。
そりゃあもちろん、奴隷にするなら子供より、ちゃんとした青年の男がいいだろう。
さすがに多勢に無勢を感じて、杖と魔道書を抱えてさっさと逃げ出した。
ホームグラウンドでない街は明らかに不利で、路地裏を右へ左へ。
挟み撃ちにされそうなところを屋根へよじ登り、そのまま外れの森にとびこんだ。
奥へ奥へと走って、背後の気配が感じられなくなるまで足を止めなかった。
さて、それから帰り道が分からなくなって途方に暮れるまで、時間はかからなかった。
追い打ちのようにまた降り出した雨が、あっと言う間に体中をずぶぬれにする。
魔道書はローブで包んで被害を抑えたが、その代わりに身体が冷え切り、走り回った所為で疲労だけが蓄積していく。
厄日というか、割と自業自得だと認めるのは悔しい。
そうこうしている内に日も落ち掛けて、薄青い闇が満ち始めていた。
確か森を走り始めたとき、背後に太陽があった。
思い出しながら、ひたすらにか細い光の方へと歩んでいく。
がさ、がさと落ち葉の擦れる音と吐息だけが聴覚を埋め尽くしていた。
ふ、と立ち止まり息を殺す。足音が増えた気がした。
ぴたりと音がやんで、風さえも身を潜める。耳鳴りのしそうな静寂と、高められた緊張。
武器である魔道書は生憎「炎」を操るもので、森には優しそうになかった。
振り向いた視界に、石を振りかぶる男がめいっぱいに映った。
咄嗟に腕を交差するが、それよりもはやく――

                      咆哮が聞こえた。
獣よりも猛々しいそれはびりびりと木々を震わせ、葉にのった雨粒が滝のように降り注ぐ。
男も自分も耳をふさぎ、大音量に揺れる頭をおさえた。
ぐら、と余韻に傾ぐ意識を叱咤して顔をあげる。
石を構えた男の背後に、巨大なまなこをみた。
「――!」
声を発する前に男が絶叫し、足をもつれさせながら逃げていく。
遠巻きに隠れていた男の仲間たちが、それをみて散り散りに走っていった。
頭上から見下ろす赤い目に、思わず身がすくんだ。琥珀色の鱗がきらきらと水滴で光っている。
身の丈ふたつほどの大きさの竜が、目の前にたたずんでいた。
「た、助けてくれた、のか?」
ぐるる、と喉が鳴り、長い尾が揺れる。首をこちらへのばし、竜はその場に横になった。
ぱたりと尾が足下に絡む。こちらにくるように促しているようだった。
恐る恐る近づいた身体がぎゅうと抱きしめられ、穏やかなぬくもりが伝わってくる。
「あ。ありがと……」
フクロウの鳴き声が聞こえた。本格的に色のなくなった視界に、竜の鱗がやけに色鮮やかに見える。
このままだと、今日中には帰れないだろう。疲れ切った身体が温度を取り戻しまどろみだす。
魔道書をくるんだローブを地面において、そのまま目を閉じた。

2013/03/28
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98.週末の過ごし方

 朝、目覚まし時計の音で目が覚めた。
ぱちぱちと瞬きをして、ベッドのすぐ横のカーテンを引く。
太陽の光が射し込んで、わずかに残っていた眠気をまるまる取り去っていった。
時刻は八時を回った頃。ベッドから下り、床に置いてあるルームシューズを履いた。
部屋の扉を開ければ、廊下の冷気が流れ込んで身がすくむ。
リビングでは祖母が既に起きていて、忙しなく動いていた。
ゆっくりとリビングの扉を開く。
ただよってきた温もりに息をついて、台所に立つ祖母に声をかけた。
「おはよう、おばあちゃん」
「あらおはよう」
待ちかまえていたようにオーブントースターがチンと鳴る。
二枚のパンを取り出している祖母のかわりに冷蔵庫からマーガリンを取り出し、あきらは机の上に置いた。
「顔洗っていらっしゃいな」
祖母が促し、あきらは頷いて洗面台へ向かう。温水で顔をすすぎ、はみがきをすませた。
髪をとかして一つにまとめれば、癖っ毛のある前髪が左右にぴょんと跳ねる。
それを指で遊びながらリビングに戻ると、祖母がパンにマーガリンを塗り終え、牛乳をマグカップに注いでいた。
テレビでは早朝のニュースが流れ、最近のトレンドのファッションを熱く語っている。
右上にこっそりと現れては消える天気予報を眺めながら、あきらは二つのマグカップを電子レンジに入れた。
ぐるぐると回り出したマグカップをさておいて、祖母とともに席に着く。
「いただきます」
かじったパンからじゅわりとマーガリンが滲み、口内に甘みが広がる。
半分ほど食べたところで、電子レンジがメロディを奏でた。
恐る恐る熱いマグカップを取り出し、その中に苺ジャムを混ぜる。
ほどよい甘さになったのを確認して片方を手渡すと、祖母は朗らかに「ありがとう」と微笑んだ。
 朝食を終えたあきらは、服を着替えて鞄を肩にかけた。
白いブラウスと淡い桃色のスカートに、薄いブラウンのカーディガンを羽織る。
鞄の中身は財布と携帯電話、それからハンカチとティッシュに電子メモ。
念のための折りたたみ傘を放り込んで、手首に白い腕時計を巻いた。
九時三十七分。最近買ったばかりのローファーを履き、玄関を開く。
少しつめたさを残した風が頬を撫で、家の中に吹き込んでくる。
陰から出れば、太陽の日差しがぽかぽかと身体中をあたためた。
今日は天気がいい。絶好のお出かけびよりだった。あきらは歩きだし、駅へと向かう。
道中の急勾配の坂を駆け足気味下り、踏切を渡る。その先にある階段を下りれば駅の改札口があった。
あきらは三駅ぶんの切符を買って、機械に通す。
左手でその切符を取って、ホームへ上がりながら時計を眺めた。
電車がくるのは十時二分、時刻は九時五十九分だった。
ホームへ滑り込んできた電車に乗り込む。
降りるひとも乗るひともまばらなローカルな電車には、「ワンマン」の文字がかかれていた。
ゆっくりと電車が走り出し、窓の外の景色が流れ出す。
あきらは座席の温もりに欠伸をして、目に浮かんだ涙を拭った。
「ウカミ〜ウカミ〜」
アナウンスが流れ、電車がゆっくりと停止する。
窓の外には、先ほどとは打って変わって、背の高い建物ばかりが並んでいた。
目の前にデパートのある大きな駅は、家族連れや子供たちでにぎわっていた。
噴水に歓声をあげる子供たちの声を聞きながら、あきらは自動ドアをくぐった。
 建物の中ではケーキの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、女性的な食欲が頭をもたげる。
ぐっとこらえてエスカレーターに飛び乗り、突き当たりの五階の本屋へ足を踏み入れた。
新刊コーナーを横切って、既刊の文庫コーナーを順繰りに見ていく。
緑色の背表紙にタイトルと「林専司」という著者の名前が刻まれている。
そのうちの一つを手にとって、レジへ差し出した。
バーコードを読みとりながら、店員が営業スマイルを向ける。
「カバーはおつけしますか」
「いいえ、だいじょうぶです」
 短いやりとりをかわし、代金を支払う。
レシートを受け取り、買った本を鞄に仕舞ってから、その目の前にある文具屋にも立ち寄った。
子供の好きそうなキャラクターの描かれた文具がずらりと並ぶ。
少年少女向けの文具を越えたさきに、ノート売場があった。
しばらく吟味した後、五冊セットで三百五十円のノートを手に取った。
家にあるノートは、もう三冊しかない。これから学校が始まるというのに、それでは少し心許なかった。
ぐるりと店内を一周し、桃色のシャープペンシルと銀色のボールペンと併せて購入する。
 文具屋を出ると、時計は十一時半をさしていた。
本格的に昼前になりこみあう前にと、あきらはエスカレーターを下っていく。
丁度入り口のあった二階で、あきらの大好きな喫茶店からパン焼きたての宣伝が聞こえた。
甘い香りに今度こそ屈服し、店の中に入る。
顔見知り程度になったマスターが「いらっしゃい」と微笑みかけてくれた。
「今日の注文は?」
「梅ときのこのスパゲティとシーザーサラダください。あと、おみやげに苺のタルトと、焼きたてのクロワッサンをよっつ」
「了解。タルトとパンはお持ち帰りだね?」
「はい」
厨房に引っ込んだマスターが料理をするうち、あきらは鞄の中から電子メモを取り出した。
書き掛けの文章の続きをうちこんで、推敲に推敲を重ねていく。
十分ほどで運ばれてきた料理は、ほどよい塩味と梅の酸味がきいた、あきらのお気に入りだった。
 残らず食べ終わったあきらは、代金を支払ってタルトとパンを受け取る。
家族の喜ぶ顔を思い浮かべながら、百貨店をあとにした。
「ただいま」
「あらおかえりなさい」
帰宅したあきらは、祖母におみやげを渡し、手を洗って髪を結び直す。
夕飯の準備でせわしないキッチンでは、弟と祖母がカレーライスを作っているところだった。
「ただいま、まどか」
「おかえり、姉さん」
「タルト買ってきたよ、期間限定の」
「うわ、ほんとに!? またお風呂あがったら食べよう」
鍋を混ぜながら振り向いた弟に、祖母がおみやげをちらつかせる。
にわかにやる気のあがった弟は、うきうきと皿を準備し始めた。
その背を見ながら、ぱかりと携帯電話を開く。
ディスプレイには日付とともにSunの文字が赤く記されていた。
明日は月曜日、料理当番もわたし、献立はどうしようかな。
あきらはそう考えながら、再び電子メモを開いた。

2013/04/01
修正2013/04/08
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99.記憶

 頭の中に、ふと浮かび上がるそれは俺自身のものではない。
振り上げられる女の手のひら、散乱した皿の破片に飛び散ったスープ。
フレームがぼやけ、上下に激しく揺れていた視界は、いつもある場所を境にふっつりと途絶えてしまうのだ。
その先がないということは、きっと本人もその先を忘れてしまったか、忘れなければならなくなったか、そもそも知らないかということなのだろう。
無理に詮索して、中途半端にシンクロしたままの本人――兄に影響が及ばないとも限らない。
だから俺は、おそるおそる手を伸ばし、指先が触れたところでやめ。
俺は兄がどのように物語の外へ「はじかれた」のか、はたまた「逃げ出した」のか、その理由も方法も、さらにはもとの物語さえ知らなかった。
双子だというのに、生まれが違う。それはひとえに、物語の外に出たあとの兄が、俺を作り出したからだ。
詳しいことは思い出すのもはばかれるほど、俺にとっては申し訳のないことだったけれど、きっとそれを今更謝罪したところで、笑われて慰められるのがオチだろう。
俺がほしいのは慰めでも、反して糾弾でもなかった。兄がこれでいいというなら、俺もそれでいい。
 さておき、文字通り兄の片割れである自分は、兄と同じ記憶を持っている(と想っている)。
もしかしたら少し違うかもしれないが、そんなものは些末なことだ。
問題なのは、同一の部分。俺がしってて、兄も知っていること。
酔いそうなくらいに揺らされる意識と、つまる呼吸。
四肢がひりひりと痛んで、指先の感覚がなくなるほど寒かった。
首を両手で締め上げている女が、なにかをわめいている。
耳鳴りのたえない聴覚は、「あんたのせいで」「ばけもの」「しんでしまえ」その三つの呪詛以外を認識しなかった。
もしかしたら、言葉じゃなかったのかもしれない。
そう思い始めたのはつい最近のことだ。
ぶらりと地面を離れた足に皿の破片がいくつも突き刺さっている。
埋まったままの白い切っ先は、血をこぼさないように栓をするようだった。
女の目がぎろりと睨んでいる。
視線は薄く開かれた眼(まつげが見える)を素通りし、額かさらに上を射殺すように見ていた。
記憶の中の兄は、それからぱくりと口を開く。
なにを言ったのかは知らないが、その言葉に目を見開いた女が、最後に兄を床にたたきつけ、椅子を振り上げるのだ。
フィルムが切れたように真っ暗になる記憶。
それから先は、俺もよく知る兄の記憶が流れ始める。
仲間を慈しみ、あまたの物語を愛する、もはや愚直ささえ併せ持つ兄。
兄の中に俺がいたときは、その記憶ばかりで満たされて、嫉妬の念さえ覚えたほどだ。
兄と分離してから、幼い頃の記憶は夢の記憶のようにぼんやりと明滅する。
俺は、物語の外に出た兄のことを知らなかった。
ただ知っているのは、忌々しげににらみつける女と、どこまでも荒廃した空気。
 あの女が兄の何であるか、予想はできるが確信をもつことだってできないし、それを聞くこともできない。
ここでは、もとにいた物語のことはあまり口にできないから。
もう壊れてしまった物語は、きっと彼らにとって悪夢のようなものなのだろう。
だから俺は、今でもこれからも額に巻かれた赤いはちまきの意味なんて知る由もないし、その裏になにが埋まっているかなんて決して聞いてはいけない。

2013/04/03
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100.卵

 ガタンと受話器の落ちる音がした。
驚いて振り向くと、生徒が電話の前で静止していた。
その足元には受話器がだらりとぶらさがっており、バネをいっぱい伸ばして揺れている。
「どうしたの?」
呼びかけても返事はない。
顔をのぞき込むと、焦点のあわない目が壁を見つめていた。
ついさっきまで元気に誰かと話していたのに、なにがあったのだろう。
肩を掴んでゆさぶってみても一切反応がない。一大事だ。
踵をかえして職員室にむかおうとしたとき、背後から生徒が暢気に呼びかけてきた。
彼は今年新しく担当になった生徒で、今の今まで学園内の案内をしてくれていたこどもだ。
明らかな異常事態を目の当たりにしながら、彼の態度は変わらない。
「大丈夫ですよ。せんせ。あと二秒で」
「二秒?」
「……ゼロ」
真意を問う前にカウントダウンが終わった。
同時に、腕の中の生徒の肩がびくりと跳ねる。
スイッチの入ったように眼の中に光が戻り、硬直していた身体から力が抜けた。
数度瞬きを繰り返しこちらを見上げるその目が、だんだんと剣呑に細められていく。
彼は力一杯握られた拳を震わせて、低くうめいた。
「あの野郎……」
「えーと、大丈夫?」
恐る恐る問いかけた声に、今度こそ生徒は反応を返し頷いた。
「大丈夫です。新しい先生ですか?」
「そうだよ」
「驚かせてすいません。電話の向こうの奴の力なんです。向こうに道化が現れたみたいで、電話口で能力を発動させやがったんですけど、うっかり食らっちゃって」
能力、道化。まるで聞き慣れない単語が飛び交う。
頭の中でぐるぐると疑問符がまわりだした。
何かの専門用語らしいが、さっぱりわからない。
「能力? 道化? ……って、なに?」
聞き返した言葉に、今度は生徒が瞬きをする番だった。
二人して顔を見合わせ、怪訝な視線を向ける。
さきほど硬直していた子が、恐る恐るといかけた。
「もしかして、先生ってここが何かしりませんか」
「学校だろう」
「えーと、なんのための学校とか聞いてます?」
首を振ると、もう一人の生徒が小さく笑う。からかうような、納得したような笑いだった。
「対本質のための学校なんですよ、ここ」
少し遠回りに告げられる内容は、もちろん初耳だった。「対本質」という単語がまたわからない。
「対本質って?」
「数年前流行ったでしょう。本質を大事に、って」
最近はさっぱりきかなくなった定型句だった。
確か、ステレオタイプな人間ばかりがあふれかえっている世の中はだめだ。
そういった風潮から政府が打ち出した人材育成の方針で、奥底の本質を呼びさます為にいろんな実験を繰り返しているのだとか。
それこそ、いろんな。
「本質ってヒトの一番奥に隠れてるものなんですけど、それをむやみにほじくり出したら暴走してしまうんです。そうして暴走した人間は道化になって、本質の言うままに殺戮を繰り返す……」
にわかに信じられない、どうかんがえても作り話だった。
きっと二人してグルになっているに違いない。
しかし、そう話す生徒の目は真面目そのものだ。
「ここの生徒は、その本質を見いだしたまま暴走せずにコントロールできたヒトたちで、暴走した本質を駆逐するために戦いと自制に特化した授業を受けてるんですよ」
「……はじめてきいた」
「はは。じゃあだまされたんですね、先生」
生徒が笑う。さらりと吐かれた毒が胸を刺した。まさにその通りだとおもった。
こんな話は聞いていないし、確かに生活保護も給料もあって、今までが帳消しになるとだけ聞かされていたのだ。
「先生、死刑判決を受けた犯罪者でしょ」
無邪気に、子供は真実を打ち当てる。それさえもここの常識であるかのように。
きっと自分は、死刑になるよりひどい目にあうのだろう。
社会的に抹殺され、政府の尻拭いをすることに一生を費やさねばならなくなるのだ。
希望に光っていたはずの白い卵が、だんだんと黒く濁っていく。
タダほど高いものはない――。
「可能性のタマゴばかりの学校だって」
「そりゃあ俺らもいつ本質が暴走するかわからないですし、危険のタマゴってことですね」
「それにあわよくば先生も本質を飼い慣らさないか、ってコンタンです。先生もタマゴですよ」
目の前が暗くなっていくのを感じながら、僕は生徒たちの話を聞いていた。

2013/04/10
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