とある昼下がり。
天気は良くて、日差しも暖かい。
風も心地よい涼しさを持って、どことなく体の調子も良いような気がした。
まず私は大切な文庫をひとところにあつめた。
次に私は大切な漫画をひとところにあつめた。
そして大切なゲームをひとところにあつめた。
それから大切なCDをひとところにあつめた。
また、大切なパソコンをひとところにおいた。
それから私は鼻歌混じりにベランダへ出て、今まで沢山書き上げてきた小説を放り投げた。
着地地点は文庫たちと同じ場所。
緑が溢れ、丁寧に手入れされたお庭。
少し階段で転びそうになったけど、スキップでお庭に出る。
室内にいるよりは、太陽の光が直に当たって、日焼けしてしまうなと思った。
夏以外でも紫外線は大敵なのだ。
一通りの準備が終わったら、私は大好きなひいおばあちゃんの仏壇から取って来たライターで
それら全てを燃やした。
黒い煙と共に体に悪質だと思われる匂いが漂ってきたから、私はすぐさま室内に逃げ込んだ。
燃え盛る炎は大切な文庫や漫画をただの黒ッカスにしてしまう。
しばらく待ってから、ある程度火が弱まってきたころに、水をぶちまけた。
じゅわりと白い湯気が立って、顔を覆った。
あつかった。
私は大切なものたちを自分の手で埋葬することで、どこかの知らない人の手で潰されるのを防いだのだ。
もうだってこれは使うことはできないから。
どこかのおえらいさんが、私の大切なものを悪いものってきめつけたから。
皆をそうそそのかしたから。
こうしなきゃ、大切なものがどこかの知らない人の汚い手で潰されちゃうの。
ねぇ、モノはなくなったけど、心は卒業できるのかな?
さよならグッバイ愛してるわ。
2011.03.10
2011.03.13 表現上問題がありそうだったので修正。
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お母さんがお姉ちゃんと妹を殺した。
とても友好的で優しくて、まるで人間の鑑みたいだったお母さん。
テレビでインタビューがやっていて、近所のおばさんが映っていた。
ありとあらゆる知り合いが列挙され、画面の中で見切れている。
そして口をそろえて言うのだ。
「なにか事情があったに違いない」
ああ、そうだ確かに事情はあった。
お父さんはとうの昔に化粧の濃い女と出て行った。
お姉ちゃんは不良とつるんで家中のお金を脅迫して搾り取っていた。
ときには引き止める母さんに暴力をふるって、お母さんはその怪我を誤魔化すのに心を砕いていた。
妹は一歩も家から出なくなり、ときおり暴れてはものを壊すようになった。
落ち着いたかと思えば死ぬだなんていって手首を切り始めて、病院につれていく事態になったこともあった。
そのときだって、お母さんは笑顔を見せて、大丈夫よと妹に囁いていた。
これだけ聞けばどう考えても悲惨な家庭。
でもご近所さんはそんな状況知る由も無い。
だってお母さんが変えてしまったから。
怪我とか隈は服やお化粧で隠して、妹の怪我を自分の所為にした。
「お料理のお手伝いしてくれたのよ」なんてホラ吹いて。
お父さんだって、「会社の事情で単身赴任」に変えてしまった。
それだけ見ればどう考えても幸せな家庭。
上辺しか見てなかったご近所さんは、お母さんを「なにか事情」で自らと周囲を不幸せに突き落とすと考えたのだ。
お母さんは魔法使いなんだからどうすれば幸せで、不幸せかなんて簡単に分かるはずだ。
だからそんなバカなことはしない。
その上、お母さんは神様なんだからどうすれば周囲が幸せで不幸せかなんて簡単に分かるはずだ。
だからそんなバカなことはしない。
お母さんは慈悲と慈愛にみちてる素晴らしい人なんだ。
だから母さんは私の罪を被った。
あの日、血みどろで台所に立っていた私を静かに抱き絞めて、お母さんは「お風呂に入りなさい」って言った。お母さんが言うから、わたしが言うとおりにお風呂からあがってきたら、今度は電話を渡してきて、「これで警察に電話しなさい」と言った。私は言うとおりに電話をして、言われたとおりに「人が死んでます」って話した。そうしたらみるみるうちに黒服の警察官がきて、走り出したお母さんを捕まえた。神様はそんなふうに乱暴に取り扱われるものじゃないのに。身分も弁えないで失礼な人たちだと思った。これからお母さんは火あぶりにされるのだろうか。だってお母さんは魔法使いだから。女の人だから魔女っていったほうがいいのかな。とりあえず、お母さんは何もかも幸せに変えてしまう魔女だから、火に焼かれて死んでしまうに違いない。それにしてもお母さんは凄い。発狂した私に家族を皆殺しにされるっていう悲劇を、「なにか事情」で「やむなく」殺した母親と殺された娘、残された娘っていう幸せな物語に変えてしまったんだから。
そうだ。「何か事情」ってつまり、「私達を幸せにする為」ってことなんだね。
ありがとうお母さん、大好きよ。
2011.03.15
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かち、かち、かち。
時計の音と二人の声だけが室内を支配し、俺はその時計の針をじっと見つめる。
目の前で談笑をしているのは、この土地の公子と、その護衛を預かることになった俺たちの隊長だ。
敗北寸前の戦を巻き返し、勝利に導いた傭兵団。
その功績から、あちこちから引っ張りだこの傭兵隊の隊長は、望まぬ名声を得ていた。
隊員志願こそ断れるものの、一度大きな依頼を断ればやれ傲慢だと罵られ、食い扶持がなくなってしまう。
そういって、彼女は細い足と細い腕を酷使して、愛想を振りまくのだ。
かち、かち、かち。
五、四、三、二、一。
かちり。
タイムリミットを針が差した。
俯いていた顔を上げ、音もなく前へ歩み出る。
「隊長、お時間です」
機械的に会話を遮れば、公子はじろりと此方を睨んだ。
俺はそれに竦むでも睨み返すでもなく、ただ視線を伏せるだけだ。
彼は隊長に恋慕を抱いていて、なにかにつけて隊長を呼び出しては無駄話を持ちかける。
それは彼の自己満足であり、無謀な夢であり、隊長に仇なすものでもある。
事実彼女の目元には隈ができていて、元来細めの身体が更に細くなってしまっていた。
かち、かち、かち。
時計の音だけが室内に満ち始め、空気が停滞を始める。
隊長は大気をかき混ぜるようにひらりと立ち上がって、荷物を手に抱えた。
「それでは、私はそろそろ失礼します」
「ああ、それじゃあ、また頼むね。次は明日の早朝に」
「はい」
慎ましやかに一礼をする隊長は、まるで別人のように見えた。
俺もその動作を倣って、手荷物を受け取る。
凛々しく先を歩む隊長の後を追い、その後姿を眺めた。
張り詰めた空気から抜け出して、緑に覆われた道を歩く最中もずっと。
「細い」
思わず呟いた言葉に、彼女は足を止め、こちらを見やる。
どきりと心臓が高鳴って、うるさく俺の中を叩いた。
「私は今腹がたっています」
「えっ、どうして?」
先ほどの美しい姿勢はどこへやら。
ぷくりと膨らんだ頬と鋭い目が此方を睨む。
「あなたが、貴方のことを私の部下のように言うから」
「……ごめん」
「……あなたが、まだ私を隊長なんていうから」
「……」
「私達は家族で、友人です。だから私は隊長じゃありません」
「分かってるよ」
真剣にこちらをみて諭す彼女を見るのは何度目だろう。
何度も彼女は俺に請うた。
しかし俺が一度も彼女に返せないのは、ひとえに彼女が皆に優しいからでもある。
広い優しさは時に冷酷だ。
家族で友人、など。それでは、いつまでたっても手は届かない。
2011.04.01
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どくどくと脈は落ち着きを忘れ、肺は酸素を取り込もうと必死に振動する。
目の前には折られたカッターの残骸。心には張り詰めた憎悪の塊。
荒れ果てた空間で、このような「ばからしい」ことになった理由は、本当に些細なことだった。
いつも通りの日常の、いつも通りの暴力、いつも通りの罵声。
俺がいつも通りならば、口を閉じて目を伏せて、それでおしまいだった。
ただ少し違ったのは、逃げ道であり生きる糧である音楽がうまくいかずに、停滞していたこと。
それが僅かな誤差をうんで、日常を非日常に変えてしまった。
心に燻る火。
次々と酸素を飲み込んで増幅されていく苛立ちは、精神の許容範囲を超え始める。
口から漏れ出してしまいそうな憎悪は掌で押さえ、今にも何かを壊しだしかねない右手は足で踏みつけた。
耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて、暫く苦しみに喘いでいても尚、火勢は増すばかりだ。
呪詛の変わりについてでるものは、いかにもできそこないといった形容が相応しい音の組み合わせ。
「どうしようもなく、苦しくて、苦しくて
手を伸ばしてもひかりが 遠いよ」
虚しく消えて溶けていく。
春の雪のように散っていった。
伏せた視線のはにちらつく刃の残骸。
いくつもの刃の集合体は、全てひとつひとつ折られ、使い物にならなくなっていた。
じゃらりと山に指をさしいれ、時折襲う焼けるような痛みに息をつく。
心の痛みを「外側」に反映し、軽減する。
ふと心に浮かんだ言葉を盲信して、そっと視界を拒絶した。
破片のいくつかを握り締め、そのまま力をこめる。
ぶち、ぶちと掌で破裂して、嫌な水分が拳の中を埋め尽くした。
閉じ込めた刃が指の隙間から顔を出す。
鋭利な刃。
そしてその拳を左腕に
打ち付けた。
なんども、何度も、執拗に。
ぴりぴりと皮膚に電流が走り、心から闇を晴らしていく。
視界にはもう銀色と赤色が混じったグロテスクな色しか映っていない。
なにかに取り付かれたように、俺はその動きを繰り返した。
肉が抉れて桃色が顔を覗かせる、それもまた赤に打ち消されて見えなくなった。
焼けただれた痛み、心の痛み。全部を外に出すために。
いくつもいくつも跡を刻んだ。
俺のはじめての××行為。
2011.04.10
2012.02.11修正
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僕が生まれる前、果たして世界は不幸だったのかといえば、そうでもない。
僕が生まれる前、果たして世界は幸せだったとかといえば、そうでもない。
過去は賛美される。それは周知の事実だし、咎められることでもない。
彼女の呟いた一つの言葉。
「昔はよかった」
昔という基準に対して、それは朧げな過去であったり、意志が宿って間もない頃だったり。
世界を知らない時期だということは想像出来る。
知ることは苦しい。
手の届かない部分があるのを知るのが苦しい。
自分が何も知らないことを知るのが苦しい。
無知は罪だ。しかし、罪は甘美だ。
僕が生まれる前、彼女は今よりも無知であったに違いない。
手の届かない苦しみを知ることがなかったに違いない。
「昔はよかった」
「無知はよかった」
「罪はよかった」
「甘いのはよかった」
罪の甘さに溺れて、贖罪の苦味を噛み締めた今、彼女は罪をこいねがう。
冷ややかに見下ろす僕を見ないで、彼女は後ろを見る。
彼女の後ろに何人の男がいるかは知らないが、何となく、不快になった。
僕が生まれる前、果たして彼女は幸せだったのかといえば、そうでもない。
僕が生まれた後、果たして彼女が不幸だったのかといえば、そうでもない。
結局は「知」の重さに耐え切れず、逃避の願望に塗れ、その欲望さえ美化した結果に過ぎない。
過去は、どれだけさかのぼっても苦しいだけだ。
皆が乞う過去は、すなわち無知。
僕は冷たく彼女を突き放して、口を開いた。
「まだ四十になって間もないのに、そんなババくさいこと言うなよ、母さん」
2011.09.30
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