86.おもちゃ

 日に炙られた埃と、錆びた鉄の臭いが鼻につく。
彼は眩い反射を手のひらで遮って、ぎし、と一歩を踏み出した。
螺旋階段は一段一段を踏みしめるごとに甲高い悲鳴を上げ、大きくたわむ。
高く、高く登りつめるその姿は、獲物を狩るために息を潜める狩人のそれだ。
その先に立ちふさがる、南京錠で堅く閉じられた扉の前に辿り着き、すぅ、と息を吸い込んだ。
手のひらをざらついた錆びに添え、耳を澄ます。そのとき、つんざくような絶叫と、汚らしい笑い声が轟いた。
しゃがれた声にあわせて、靴底が鉄を踏み鳴らす音が聞こえる。
道化の存在を確信し、彼の口は知らず弧を描いた。一歩後ろへ下がり、腰の刀にただ手を掛ける。
す、と元からそうだったかの様に、扉が真っ二つに割けた。止まっていた時が動き出す錯覚。
金属音を立て、扉は地面に倒れ込んだ。厚く積もっていた埃が舞い上がり、部屋中を薄いヴェールで覆い尽くす。
突然の乱入に、ダンスを披露していた道化は瞬きをして、にんまり笑った。
互いが互いを獲物と見る道化と彼は、ゆっくりと歩み寄る。そして交差したとき、カラン、と転がったのは、彼の鞘だった。
道化の首から真っ赤な血が噴出し、低い天井と床を染めていく。壁に斑を描いたまま、道化はゆっくりと灰燼に消えた。
彼が見据えるのは部屋の奥。口角を歪に吊り上げて、道化の返り血を気にも留めず、歩を進める。
はためく布地の裏に隠れるようにして、それは彼を待っていた。
錆びた臭いがむせかえる程の湿気とともに押し寄せる。
酸化によった鉄の無機質な香りではなく、未だ生温い"誰か"の有機質な香り。
「さ、遊ぼーか」
放り投げた鞘を蹴飛ばして、彼はそれに手招きをした。
ずり、と這い出した、もはや道化とすら呼べぬ粘性の異物。
スライムのように蠢き、ぽっかり開いた穴から絶叫を生み出す。
鼓膜を破りそうな雑音に高揚する身体を抑えられず、彼は刀を一振りした。辺りの壁が崩れ落ち、空から陽光が降り注ぐ。
きら、と光を反射した刀身は、貪るように道化の成れの果てに食らいつき、その身体を蹂躙した。
悲鳴のボリュームが上がり、ビリビリと周囲が振動する。
飛び散る血液に見向きもせず、彼はその胴の中心にある核をえぐり出し、握り潰した。
びくりと痙攣し、成れの果ては砂に却っていく。
溜め息をついた彼は、肩を落として、億劫そうに血にまみれた鞘を広い上げた。
「玩具にすらならねーの」

2012.12.19
最強の道化狩り
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87.人形

だらり、と垂れ下がった四肢を撫でつける。
冷え切ったそれは、陶器のように滑らかで、そのくせ柔らかい。
程よい弾力と透き通る白さは、どこをどうとっても完璧だった。
整った鼻筋、その先の薄い唇は僅かに開かれ、赤い舌と白い歯が覗いている。
その頭を膝に乗せ、冷気の籠もる部屋で微睡む。
僕は、"それ"の瞳がガラス玉さながらに、世界を映すことを知っていた。
"それ"の人の髪でつくられた赤髪の一房をつまみ上げ、静かに口付けた。
ふるり、と震えた瞼から水滴が零れる。
頬を伝い、添えられた僕の手の甲を流れ落ちていく雫は、温く温度を持っていた。

あぁ、まるで人間のようだ、と胸の内から込み上げる感傷を抑えきれず、吐息が漏れる。
"これ"を僕は動かして、"これ"に僕を殺させるのだと考えた。
それだけで、背筋を電撃のような興奮が駆け巡る。
君は人形で、僕は人間なのに、君の心はまるで人間で、僕の心はまるでモノのようにかけ離れている。
怯えなどない。
こんな"完璧"な存在に殺してもらえることは、寧ろ悦びでもある。
恋い焦がれる乙女のように、僕は"それ"が目覚めるのを待った。

2012.12.20
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88.ポスター

バタバタと煽られるポスターは、その色鮮やかな顔をバラバラに引き裂かれて尚、笑顔を浮かべていた。
それが幼い頃からどうしようもなく恐ろしくて、吐き気がして、いつの間にか、ポスターそのものに恐怖を覚えるようになった。
彼らは首を裂かれても、笑って僕を見ている。目に画鋲を打ちつけられても、僕に笑いかけている。
燃やされ、灰になるときでさえ、「お前を見ている」とそれは囁くのだ。
寂れた田舎の掲示板、とっくの昔に終わったイベントを知らせるポスターが、くすんだ世界で微笑んでいた。

ふ、と目が合ったような錯覚に陥る。
見てはいけなかったのに、ついそれがポスターだなんて思わなくて、視線をやってしまった。
冬も深まった底冷えする風が全身を撫で、コートの裾から背筋を駆け上がった。
ぞっ、として、胸中に空気がせり上がってくる。
喉から溢れ出そうとするのが、気体なのか、液体なのかわからない。
思わず唾液を飲み込んで、一歩後ずさった。
まっすぐに僕を捉えて離さないそれは、僕を嘲笑うような笑みを浮かべて揺れている。
無人の道中、僕を正気に戻してくれる救い手はまだこない。
口内の唾液が粘性を帯びて、歯に絡みつく。
握りしめた拳は白くなり、冷え切っているくせに汗ばんでいた。

「ほうら、どうする」

ポスターが僕に語りかける。
微動だにできない僕の頭は真っ白になって、その笑みから溢れる悪意に蝕まれた。

息が荒くなる、鼓動が喉まで響いて、目を見開く、耳鳴りが脳をつんざく、手足が壊死する、神経が焼き切れる、張り付いた舌、悲鳴をあげている、逃げないと、裂かないと、殺さないと、殺される、心臓が止まる

ばさっ

目の前に
顔をバラバラ
にして
表情
すら
わから
ない

スターが
ひらめい
て落ちた

2012.12.21
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89.精霊

 背後で、カチッとスイッチの入る音がした。
振り向けば、磨り硝子越しに廊下の電気がついている。
時刻は午前一時二分。
こんな時間まで夜更かしをしているのは、私か姉くらいのものだ。
お茶があれば飲むような姉のことだから、おおかた飲み過ぎでトイレにでも行っているのだろう。
ごくありふれた、いつものことだ。
私はパソコンの画面に開かれた編集中のファイルに向き直る。
期限はあまりのこされておらず、一秒を三文字程度に費やしたい気持ちだ。無音の部屋に、キーを叩く音が響く。
友人にはいつかキーを割ってしまいそうだと言われたことを思い出して、不意に耳を澄ませた。
言われてみれば、熱中すればするほど指先には力がこもり、音もやかましくなっている気がする。
寝室で眠りについている両親にしかられないように、私はそっと手の力を緩めた。
時計の針の音すら聞こえない真夜中、いつまで経っても完成しない課題に焦りがわいてくる。
喉が乾いて、唾液が粘性を帯び始めた。
私は立ち上がり、キッチンに飲み物を取りに向かう。
廊下の電気は未だ煌々と照っており、どうやら姉が消し忘れていったらしい。これもままあることだ。
いい加減矯正しなければ、いつまでたっても節電にはならない。
隣の扉をノックもせずに開き、開口一番注意を促す。
「おねーちゃん、ちゃんと電気消してってば」
謝罪の言葉はおろか、姉は眉を顰めて言い放つ。
「私じゃないよ、勝手に決めつけんのやめてくれる?」
「忘れてたんじゃないの? 消すの」
はぁ? 姉は理解できないといった風に首を傾げる。
「ていうかこの間自動点灯に切り替えたじゃん。消し忘れとかそういう問題じゃなくない?」
はっとしてスイッチを見やる。
消灯、点灯、自動の三つの切り替えがあり、スイッチ上部の丸い突起にセンサーがついている。
自動に設定しておくと、センサーの前を人間が通る度に電灯がつく仕組みだ。
おそるおそる設定を確認すると、それは自動のままだった。
さっと血の気が引き、背筋を冷たい空気が駆け抜ける。
一つの空想じみた可能性にいきあたったとき、応えるように電灯がちかちか点滅した。

2013.02.07
精霊=死者の霊魂 ちなみに実話です。おじいちゃんだったのかも。
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90.ジャポニズム

ジャパニーズかぶれのバカがセップクしようとしたのをしってるか?
シュガーにこっぴどくふられて、ぜつぼうしたあげく「きみをころしてボクもシンデヤル!」ってわめいて、ふところからカタナをとりだしたらしい。
そのうえ、それをニホンでやったもんだから、あっというまにポリスがきてオナワさ。
ゲイシャもはらかかえておおわらいするとおもうぜ。
とりあえずサツジンミスイとジュートーホーイハンってやつかな。
せめてチャカでやるなら、もうすこしかっこうもついただろうに、なんでよりによってカタナにするかな。
おれとしてもまことにイカンでございます、ってところだ。
モゾートーってやつじゃがまんできなくて、モノホンをやみルートでこうにゅうしちまったってんだから、すくいようがないな。
アイがこうじてヤッちまったんだとしても、どうしてもやぶっちゃいけない「ブシドー」ってモンをこころえておかないと、ジャポニズムはかたれないってもんさ。
ほらこれ、みてくれよ。モゾートーなんだけどな、まるでモノホンみたいにかこうがほどこされてあるんだ。
いちどこれでタイホされかけたこともあるんだけどな、じっさいこれにハはついてないんだぜ。
ためしてみるか? いやほんとだって。しんじてくれよマイブラザー!
にぎりかたはこうだな、ひだりてをしたに、みぎてをうえに。
こゆびとくすりゆびにちからをいれるんだ。ひとさしゆびはそえるだけ。
てくびのスナップをきかせてアップダウンアップダウン。
そう、そんなかんじだ。
コシのあたりにエをもってきて、あいてのくびもとにハサキがむくようにたかさをちょうせつするんだ。
アシはライトをまえに、レフトをうしろに、ちょうどいいくらいひらくんだ。
かかとをあげて、ツマサキでたって、スリアシでまえにすすむんだ。
コブシをミケンのところまでゆっくりもちあげて、ああ、そのときにケンサキがよこにズレないようにきをつけるんだ。
まっすぐ、まっすぐかまえて、ふりおろす!
こうやって、ズパーっとイットーリョーダンできたら「メーン」ってさけんで、どうした? なにおどろいてるんだ?
しにんがくちをきくのがそんなにオカシイ? まだしんでないよ、かってにころすなマイブラザー。
だいじょうぶだいじょうぶ、これはオレがのぞんだことだから。
ブシにイットーリョーダンされるゆめ、かなえてくれてサンキューベリーマッチ!
シーユーアゲインゴクラクジョード!

2013.02.08
漢字縛り
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