ただ対峙する。
押し殺した呼気が、張り詰められた糸の均衡を危なげに保っている。
停止した時間、今か今かと動き出そうとする風が、僅かに草を凪いでいた。
悲哀に汗が滲み、力強く地面を踏みしめる。
じり、土の擦れる音。
そのとき、空が叫びだし、暗鬱な雲が対に光った!
跳躍した二つの影、火花が飛び散り、鉄のぶつかり合う歓喜の声が高くこだました。
雷鳴がせきたてる、稲光が交差した二人を縦断し、大地を貫いた。
その、刹那!
飛び散った赤は刀身と「彼」の頬を濡らし、骸と鳴った「彼」はどうと地面に伏した。
刃を鈍らせる血を振り払い、鞘へと収める。
猛る精神を押し殺し、深く、息をつく。
「――俺に挑むなんざ、百年早ぇな」
2012.10.19
back
「あ、まただ」と目を閉じたまま周囲を見渡した。
やけにはっきりとした意識を、重く圧し掛かる何かが大きく揺さ振る。
最近、頻繁に見るこのゆめ――金縛りは、僕の睡眠を著しく妨害していた。
キレイに一時間おきに起こるそれは、満足な休息を与えてくれない。
耳元でぎゃんぎゃんわんわん女や男が喚きたてる。
一体何を裂けん出るんだ、そう五月蝿くちゃ、きこえるものもきこえない。
騒音は段々と人の声を為さなくなり、エイリアンのような色を帯びてくる。
背筋を這い上がる不快感と、破裂しそうな頭痛が精神を削り取っていく。
見慣れたカーテンの皺がたゆんで、笑んだ。
せりあがる「なにか」を抑え込んで、頭蓋の中で悲鳴をあげる。
本能が、見てはいけないのだと叫んだ。
固く眼を瞑り、「なにか」から目をそらそうとするが、視界が暗闇に閉ざされることすらない。
縛り付けられる感覚に身を捩る。中途半端に力の抜けた身体に恐怖して、また叫んだ。
はちきれんばかりの精神、許容量を超えた不快と恐怖はあまりにも荒々しく責め立てる。
「見るな! 助けて! 助けて! 怖い! 怖い! 嫌だ! 嫌だ! いやだ! いやだ! いやだ!」
拳を握り締める、ぐらりと歪んだ視界と意識がいう事をきかない。
「なにか」がくるから、早く、早く目をさまさないと!
何か入るのに、何かがいるのに逃げられないもうダメだこわい見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない
――は、と気づくと先ほどとおなじ視界が現実味を帯びて広がっていた。
息を切らし、手をゆっくりと動かす。
当たり前のように従う手に安堵し、靄のかかる頭を振った。
気を抜けばまた落ち込んでいく意識。
ぐるんと視界が反転しかかるのは、まだ「なにか」が追いかけてきているからだ。
上体を起こして、携帯電話を開く。午前四時四十四分。
淡い光が意識を照らしていく。不快感は消え、疲労が立ち代った。
現実に戻ってきた感覚が、心を慰める。
今日はコレで三回目だ。いい加減寝ないほうが精神の負担もよろしいのでないかと思う。
今夜も眠れないなと、嘆息した。
2012.10.19
back
「ちょっと付き合って」
男女というものは、年齢に応じて疎遠になっていくものだ。
例に漏れず、久しくプライベートでは遊ばなかった幼馴染に引っ張られてきたのは、都会のデパートだった。
地元とは違う高いビルが目の前に聳え立ち、すれ違う人々はごてごてした服で自分を着飾っている。
まるで、異世界に入るような、自分達だけが格好の悪い気がして、少し俯いた。
チリリン! と自転車のベルが僕等を押し退ける。
思わず出た謝罪の言葉に、自転車は一瞥もくれずに走り去った。
人間のよそよそしい街、なんとなく暖かい地元が恋しくなって、彼女の手を引っ張った。
「はやくいこうや、日が暮れる」
自分から誘ったのに、僕に引っ張られたことで当惑した彼女が少しよろめく。
パッと手を離すと、当惑したような目を僕に向けた。
「いらっしゃいませ」
機械のような所作の店員にお辞儀をして、エレベーターのボタンを押した。
最上階でランプが点滅し、徐々に下降してくる。
「……でさ、何をしにきたん?」
今の今まで伝えられなかった目的を改めて問う。
思いのほか冷たい響きになった声。
硬直した彼女に薄く笑いかけると、彼女は気まずそうに切り出した。
「プレゼントをな、家族のやつを、買いたいんやけど、何がいいか分からんくて」
「誕生日の人いたっけ? もう今年はお前除いて全員済んだやろ?」
幼い頃からの家族ぐるみの付き合いに、彼女の家人の誕生日は全て暗記していた。
気持ち悪いといわれても仕方がないが、ただ僕は少しばかり数字には強かっただけだ。
言葉を詰まらせて、渋々彼女は答えを白状する。
なんとなく予測できた。不器用な幼馴染はあんまり嘘が得意ではない。
「うちの両親の結婚記念日」
零れた相槌に、彼女は大げさに肩を震わせた。
僕の両親は数年前に離婚して、そこから関係は悪化の一途を辿っている。
それを知っているから、もう僕にはありもしない結婚記念日に引け目を感じるのだろう。
「僕の家庭事情知ってて頼むんや」
「ごめん……でも家族の事で頼れるのって、誰もおらんし」
「幸せな悩みやな」
溜息混じりに言ってやると、萎縮したままその目に涙を浮かべる。
いじめすぎただろうか。本当は誘われた時、なにか、あるんじゃないかと期待したんだ。
淡く燻る火が、無駄な期待を抱かせた。
エレベーターのランプが灯り、扉が開く。
中から乗っていた人が雪崩でて、彼女はそのうちの一人にまともにぶつかった。
「大丈夫か?」
なにも言わない。
エレベーターに乗り込んで、雑貨のあるらしい五階のボタンを押した。
特有の浮遊感に眩暈を覚えながら、極力柔らかく語り掛ける。
「別に気にしてないよ。ちょっと意地悪言っただけ。恋愛ってどうせ冷めるんやろ」
まだ口を閉じてる彼女にダメ押しするようにいうと、彼女は掠れた声を絞り出した。
きっと僕を睨み付けて、それから足元へと視線を落とす。
途切れ途切れに聞こえたそれは、僕を裏切る台詞で。
「……だって、そんなんやったら、私ばかみたい。いろいろ……考えてたのに」
「なにが?」
「あんたと、どうやって近づこうかなって考えてたのに! 近づいても無駄みたいな言い方する!」
吹っ切れたように彼女が僕を見据える。
涙を堪えた所為で赤くなった鼻先が、潤んだ目が、僕の記憶に刻みつけられた。
「ちょっとでも機会があったら、誘おうおもって。でも私頭良くないから、こんな変な用事しか作られんで」
もうほとんどの言葉は僕の耳をすり抜けていくだけだ。
なんだって? 予想をはるかに上回る嬉しい言葉たちが、懐疑と期待とをごちゃまぜにしていく。
何の反応もない僕を上目遣いで見た彼女の姿。今更ながらに、昔はかわらなかった身長差が開いていることに気づいた。
「なぁ、――」
チン、と五階を知らす電子音が二人の間を裂いた。
新たに乗り込んでくる人とすれ違いながら(案の定泣きかけている彼女に目もくれない)、僕は彼女の手を握る。
気づいたら、驚いたようにあげられた視線を合わせないようにしながら、必死で僕は彼女に最高の口説き文句を仕掛けていた。
「じゃあ今日、付き合い始めの記念日にしよ。それでプレゼントかお、な。あ、勿論、おばちゃんたちのも、やけど」
彼女は「クサ」、と言いつつも頬を染めて笑い返してくれた。
2012.10.24
back
何度問いつめても、彼は喧嘩だと言い張っていた。
毎度毎度、主様から救いを求められる俺の身にもなってほしい。
いくら遠距離の攻撃に長けているからといって、あの仲に割り入るのは些か、ちょっとかなり大分、憚られる。
そもそも傍から見ればアレは紛うことなく兄妹喧嘩なんていうヤワなものではない。ただの殺し合い。
その上、本人たちも自覚しているのは明らかで、立場上、仕方なく喧嘩だと言い張っているようなものだ。
早々に心の平穏を取り戻す為にも、俺はできる限り精密に、正確に、妹、リヴァーナの肩目掛けて矢を一本引き絞る。
傷つけない選択肢はない。彼らがこれほど傍若無人な行いをしても除隊させられないのは、偏にその実力故。
手加減などしていては止められない。息を吐き、放つ。
ヒュ、と、空を切る音に振り向いたリヴァーナは剣を盾に鏃を弾いた。
僅か、ほんの一瞬の間、体が傾ぐ。兄、ヴェルナムはその隙を見逃さず、凶刃を身体に突き立てんと腕を引いた。
ヒュ、
再度放った矢が槍の柄に突き刺さる。反動で逸れた槍は、リヴァーナの背後にある兵舎の壁を打ち砕いた。
石壁の崩れる音に驚いたのか、ざわめきが兵舎からもれ聞こえる。
止められた応酬、二人は矢の出所を一心に見つめている。
「邪魔しないで」
リヴァーナが再び剣を構え、兄もそれに応じた。あまりの往生際の悪さに溜息すら零れない。
やめろと、そういう意図で矢を放ったのは、今回が初めてじゃない。
本人達も分かっているだろうに、分かろうとしていないのだ。
懐に忍ばせた二本の小刀を突きつける。「喧嘩」への乱入者に、二人の動きが止まった。
「……どけ」
不機嫌を隠そうともしないヴェルナムが、小刀を握り締める。
ブツリ、と肉の切れる感触が悪寒を伴って、腕から背筋へ這い上がった。
いっそ指を切り落としてしまったら、こいつらも武器を持てないだろうか?
そうかんがえたとき、狼狽したリヴァーナの声が沈黙を打ち破った。
「お兄様! やめて、やめてくださいませ! 大切なお身体が余計に傷ついてしまいます!」
あまりに愚かで、あまりに滑稽なその言葉。
今しがた兄を殺そうとしていた妹の台詞とは思えない。
小刀を握るヴェルナムの手が小刻みに震えていた。怖いらしい。
そう、これは喧嘩なんかじゃない。
兄の身体を完全な形のまま"保存"したい妹と、自分の命を脅かす"恐怖"を取り除きたい兄の殺し合いだ。
そこに憎しみはなく、あるのはただ愛と恐れだけ。
放っておけば――血まみれになろうとも――愛する兄の、恐るべき敵の息の根を止めんと戦いを始める二人は狂気的といってもいい。
引き離そうが、離れやしないのだ。そんじょそこらの双子よりも、きっと根性は強いのだろう。
主様も最初はその人柄を気に入り重用したものだが、今では二人の身体の無事をしきりに気にする始末だ。
それが少し気に食わない。まるで、贔屓されているみたいだと。
均衡を破ろうと腕に力を込めたヴェルナムを引き寄せ、リヴァーナの足首を払う。
勢いに任せて倒れた二人から武器を奪おうと腕をねじりあげた。
リヴァーナの掌から剣が落ちる。ヴェルナムの腕はびくともしなかった。
「ヴェルナム、槍を捨てろ」
非難がましい視線が浴びせられる。それは俺の立場だ。
毎度毎度世話をかけているのはどっちだと思ってるんだ。
「槍を捨てろ、これ以上主様に心労を与えるというなら、俺とてもう見過ごせんぞ」
抵抗していた力が緩み、槍が赤い斑の芝生の上に落とされた。
背後から様子を伺わせていた救護班に合図を送り、担架に二人を乗させる。
連行される間際に、リヴァーナは兵士の手を振り払って逃れようともがいた。
「邪魔しないで! バルヴェ、私は――ッ!」
「上官に向かって、そのような口を利くな」
首を掴み地面に押さえつけると、消耗していた少女の瞳はゆっくりと閉じられた。
我ら王宮騎士の恥であり、主戦力の兄妹の醜態。
ただ苦虫を噛み締めるような気持ちが湧きあがった。
もし彼らがもう少しまともなら、この羨望も素直に認められるのに。
2012.10.25
back
藍色の闇、落ちた帳はまだ開くことを知らない。蓋をするように厚い灰色の雲が、格子越しに垣間見えた。
眼前で途切れ途切れに零れる吐息が鼓膜を舐め上げて、熱に浮かされたように視界が揺らいだ。
組み敷いた身体は熱を持ち、しっとりと汗ばんでいる。それはどちらの汗なのかもわからない。
精神も肉体も全てが交じり合い、永遠にも一瞬にも思えるような曖昧な感覚。
衝撃に頭蓋が揺らされて意識が遠のいた。
視界の端に捉えた闇を、月が光の輪を纏って空を穿つ。
狂おしいまでに精神を冒していくのは月の所為だろうか。
ねだるように伸ばされた細い腕に口付けをちりばめて、瞳から零れ落ちる涙を掬い取った。
「――、」
言葉は音にならず、無音の中に掻き消えていく。
時を刻む時計の音、錯覚と現実を分かつ刃は、ともすれば欲に溺れかける精神を引き摺りあげてくれた。
早く日の光を。いや、まだ満たされてはいない。
相反する欲求が浮かんでは消え、身体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
いっそこのまま、壊れてしまえばいいのに。
愛を囁きあうこともなく、ただ、身体を重ねて。
2012.10.25
back